特別対談[後編]
特別対談
これからの発達支援と
放デイの未来を考える
3 日本における発達支援の現状と課題・海外の先進事例
- 三野原
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竹田先生、発達障害についてのご解説と貴重なパワーポイント、誠にありがとうございました。
ところで、先生、さきほどゲームによる治療、という話題が出ましたが、ADHDの子に数種の刺激を同時に与えることで、その子のワーキングメモリを増やす、という話、ちょっと驚かされましたね。ついに、時代はそこまで来たのか、と。発達支援に対するICTの可能性というものを強く感じました。
それと、もうひとつ、先生のお話を伺って思ったのが、ひとくちに発達障害と言っても、その裾野は本当に広くて、その全てを把握して児童施設や放デイを運営するには、かなり熟練した指導員の存在がなければ難しいような気がします。もちろん家庭や学校に継ぐ第三の居場所としての機能も、それはそれで大切ですが、発達障害への療育という面から見れば、まだまだ施設側の改善の余地があるように思います。 - 竹田
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そうですね。一人ひとり対応が違うので。 Aさんにはこの方法、Bさんにはこの方法、という対応をするためには彼らがどこでつまづいていてそれをなぜ出来ないのか、前もって調べる方法があるわけだから、やっぱり、それを行うべきなのでしょうが、残念ながら私が知るかぎりではなかなか放デイでそれを行っているところは見たことがありません。だから、保護者の依頼があれば、「そういうことも出来ますよ」という放デイにした方がいいでしょうね。
- 三野原
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なるほど。これからの私たちの課題が見えてきた気がしますが、…ここで足立先生。
足立先生は、実際にこれまでフリースクールの運営の中でイギリス式の発達チェックによって本人の長所と問題点を理解し、その結果によって子どもたちの特性に応じた個別プログラムを立てたうえで学習や療育に役立てていると伺っています。これは日本でも先進的なアプローチと私は思うのですけども、その海外の方法に先生が目をつけられたきっかけは? 日本の対応に不満だった? - 足立
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いや、不満があった、というよりも、その頃はそもそもそのような発達障害を受け入れる施設自体がなかったのです。うちの息子はアスペルガー症候群(ASD)、算数障害、ディスレクシアと3つの診断があったのですが、はじめてその告知を受けたとき、私は素人でした。ですから、「どんな施設があるんですか」とお尋ねして、ジャッジしてくださった地元教育大学の先生に聞いたところ、「ないよ」と言われた。それが大変ショックで。2日くらい塞ぎ込んで。3日目くらいに、知人が海外留学の会社を東京でしていて、そこに相談したのですね。すると、驚くことに、私が初耳だったアスペルガーとかディスレクシアとか、そんな専門用語をすでに知っていて、「海外にはそんな子どもたちを対象にした学校がたくさんある」と言うのです。息子を連れて行ったところ、「じゃあ、アスペルガーに対応できる学校がスイスにあるから、そちらのサマースクールに行ってみよう」ということになりました。
すると、たった2か月の参加だったのですけど、帰ってきて表情がまず変わった。何が驚いたかというと、これまで無表情で笑ったことがなかったのに、生まれて始めて子どもらしい、輝く笑顔を私に向けてくれたのです。もうひとつ驚いたのは、現地で、お友だちと一緒に共に遊んでいたときのことです。私が迎えにいったとき、彼らはピンポンをしていました。うちの息子は審判役をしていたのですけど、すると、相手がズルをしていたのをちゃんと大きな声で相手に指摘したのです。そのようなシーンをこれまで私は日本で見たことがなかった。帰国し、ほどなくして息子に尋ねると、自分から、「海外の学校に行きたい」と。そのときは小学校2年生だったのですけども。その後、このような経験を経たことで「海外には発達障害の受け入れ先がたくさんある」ことに気づきまして、他の国でディスレクシアについてのプログラムを持つ学校を調べ始めたのです。主にイギリスだったのですが…。すると、おびただしい数の学校が出てきて。
そのときです。「何で海外にはこんなにもプログラムを持っている学校があるのに日本にはないのか」と。率直な疑問でした。で、しばらくすると、同じように情報がなくて困っているお母さんたちがきっといるはずだ、そんな方々の少しでも助けにでもなれば、と、発達障害を扱う海外の学校紹介やカウンセリングのようなことを始めました。一方、そのような活動を行う中、息子も海外留学でどんどん変わっていきました。
読み書きが出来なかったのが1年弱ぐらいで出来るようになりました。英語圏ですので、日本語ではないのですけども。といっても、やはりスゴイことですよね? はじめて自分で教科書を読んで問題を解く、という喜びを知って、それからは息子も自分で進んで勉強をするようになりました。でも、もし、これ、日本にずっといたらどうなっていたのかな、とも思うのです。当時は死にたい、とまで息子も思い詰めていましたから。
で、私の興味は、その後、今度は、息子をこんなに短期間で変えた先生方が、イギリスでどんな授業を行い、どんなプログラムを立てているのだろうか、ということに移っていったわけですね。そして、まず、息子が通っている学校のLDセンター* というところを見学させてもらって、とても感動して、2週間程度なんですけど、勉強させてもらって。それらの成果を踏まえ、帰国後、フリースクール「チーム・ギフテッド」を立ち上げたわけです。そこではLDセンターからイギリスの先生を招聘して、勉強をさせていただきました。そのときに学んだのが、イギリス式発達チェック*で、最終的に先生から私はディプロマ(修了証書)をいただけたのですけど、まさにちょうどその頃竹田先生に私どものフリースクールを見学に来てくださって、それがご縁で今もお付き合いさせていただいているわけです。そのとき、うちのスタッフの半分くらいは外国人だったですかね…。で、「このやり方はすごく良いね」と当時も竹田先生にお褒めいただいたのが強く印象に残っています。
そういうわけで、結果的に大きな学校を作る、というのは難しかったですけども、小さなフリースクールという形で私の理想とする発達支援がやっと行えるようになりました。*LDセンター 「読む」「書く」「計算する」などの学習に苦手さのある子どもを支援するための施設。*イギリス式発達チェック イギリス式SEN発達チェック。子どもの得意・苦手や支援の必要性を早期に見つけるための教育的評価方法。SEN=Special Educational Needs - 三野原
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いやあ、普通は子どものことで悩んでも自分で学校を作ろうなんてことまで考える人はなかなかいません。足立先生のエネルギーにはただただ驚かされます。
ところで、竹田先生。今、足立先生から海外の方がディスレクシアなどの発達障害に対してきめ細かなプログラムを持つ学校がある、というお話でしたけれども、もちろん足立先生が学校を作られたのは2008年。その頃から時間も立っていますので事情は違うかもしれませんが、なぜ日本よりも海外の方が発達支援が進んでいるといえるのでしょうか。 - 竹田
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ひとつはですね。まず英語圏ではアルファベットは26文字の組み合わせですよね? ところが、日本語の場合は、漢字・ひらがな・カタカナ、3つあるわけですよ。で、そのうえに小学校からはアルファベットも勉強しなくちゃいけない。で、しかも、漢字なんかは、明らかに覚えるしかないんです、ルールがないから。小学校6年生までに1026文字の習得なんですね。習得といえば、読むだけじゃなく、書けなくちゃいけない。で、そのうえに中学に入ると、さらに1110文字。読めなくちゃいけない漢字が増えるのです。これ、ある意味では絶望的ですよ。だから、本来であればもっと早い時期から国としてこれ大変だよね、と気づいて、さまざまな対策を打つべきだったのですが、それが為されて来なかった。で、アメリカやヨーロッパはというと、ひとつは、多様性を重んじる社会で、必ずしも英語が母国語でない人種がいることが前提です。というわけで、もともと1900年のはじめから、読み書きが苦手な子どもたちにどう対応するのか、という専門の先生が欧米にはめちゃくちゃ多かった。だから、専門の学校が出来やすいという要素もあったし、しかもその、アメリカを例にとりますとね。日本のような文科省がありませんから、各州が独自の対応を行うわけです。だから地域によって対応の格差も大きいのですが、それが許されている国です。が、日本は沖縄から北海道まで、同じ教科書で行うわけです。こういった違いもある。だから、一口に発達支援といってもその歴史的背景や制度によって各国の対応が違って当然ですけども、それ以上に、ヨーロッパなどでは、自国語に対する思い入れが非常に強いという事情がある。ゆえに、読み書きなどにも非常に力を入れてますし、また、日本のように学校の開設のハードルが高くない。プライベートスクールなんか容易につくれてしまう。資金を提供する企業も多いから、日本から見ると羨ましい環境は山ほどあって。
で、総括しますと、このように欧米では国語を大切にし、また読み書きができないと英語が母語でない人は職を得られないということもあり、ディスレクシアなどの発達支援に対しては非常に発展しています。私は、二十年前、「日本の発達支援は欧米に比べて三十年遅れている」と述べていましたが、実は、その差があんまり埋まっていないのですよ。日本はたしかに「点」はいっぱい出来ている。でも、それが「線」や「面」になっていない。それが明らかに違うところです。欧米では発達支援の質の高い学校はほんとうにたくさんあるのですが、日本では、まだ「ここしかない」という感じでしょうかね。
- 三野原
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う~ん、なるほど。竹田先生のお話を聞いて日本と海外の違いに、私、思わず考え込んでしまいました。
さて、ところで、これまで竹田先生から日本と海外のディスレクシアに対する対応の違いを詳しく解説していただきましたが、それを受けて、改めてここで足立先生にお伺いいたします。
足立先生。先生はこのような海外の先進的な事情にいち早く気づかれて、そして、2008年から17年間フリースクールの運営に取り組まれてきたわけですが、私が素晴らしいと思うのは、チーム・ギフテッドでは、発達障害の見立てを行うためのイギリス式発達チェック。これをスクールの先生だけでなく、保護者の方々にも使えるように研修されている、というところだと思うのです。これは、すごく先進的な取り組みのように感じますが? - 足立
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これはですね。やはり、保護者の方々が実際に感じておられる「困り感」を体感していただく、ということです。保護者によっては、病院などで行われるWISC検査*というのを受けるのをためらわれている方も多いのです。結果が数値で出てきますから。怖いのでしょうね。けれど、事前に私たちがイギリス式発達チェックを行うことで、「こういうことが出来なかったら、実際に学校では今後こんな困りごとに発展していきますよね」と肌で感じていただける。そうすると、「あ、そうだ、やはり病院や専門機関でちゃんと検査を受けなきゃ」という流れになります。実を言うとですね、現場ではこの局面が一番難しいのです。お母さんたちにとっては「うちの子に限って」と認めたくない思いもありますから。だからなかなか検査にいかない。しかし、その間、子どもの状況は変わらないから、本人も家庭も困るわけです。ところが、検査に行ってどこに問題があるかさえ分かれば、その子も早く救われる、ということにつながっていく。そういう意味でも、お母さんにこのイギリス式発達チェックを学んでもらって、正しく発達障害について理解してもらうことは理想的だと感じています。
*WISC検査 Wechsler Intelligence Scale for Children の略。アメリカの児童心理学者が開発した、「考える力」「理解する力」「処理の速さ」などの特性を知るための検査。 - 三野原
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なるほど。では、実際に、保護者の方がイギリス式発達チェックを学ぶ前と後では、どこが一番変わるのでしょう?
- 足立
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まず、不安がなくなると思います。正しく、客観的にお子さんのことを理解できるようになりますから、不安の中心にいる、という感覚がなくなってきて、中心からだんだん外れていく、そんな感覚とでも言うのかな。
- 竹田
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うん。ひとつね。ここで発達障害の見立てということで思い出したんですが…。たとえば、まったく別の病気。インフルエンザだったとすると、朝起きました、どうも喉が痛い、そのうち咳き込んできた、熱がある、で測ったら38度。あ、これはインフルだな、とかかりつけの先生のところにいく。で、調べてもらう。調べてもらって結果がでるわけですよ。たとえば香港A型だからこのお薬が使えます、と。しかし、発達障害はこれがない。要するにバイオマーカーがない。血液検査や尿検査のような手段がない。客観データからあなたは自閉です、と言えないのです。だから、精神科の診断というのは操作的診断*に頼らざるを得ない部分がある。そうすると、「次の項目の中から3つ◯があれば自閉とする」とした場合、「目線を合わせない」という項目があれば◯を付けます。その、◯✕で分類をしていくしかないから、結果、見る先生の経験則に頼らざるを得ない部分があるのです。そして、バイオマーカーのある病気というのは検査の結果、どのような対処をすれば良いかが進歩していますけど、発達障害の場合は、いざ診断はしたけれど、その結果、どうしたら良いか、があまりないのです。
*操作的診断 血液検査のような決定的な指標が使えない分野で、あらかじめ定められた症状の基準に沿って診断する考え方のこと。 - 三野原
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難しいですよね。
- 竹田
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そうです。今はどうやっているかというと、経験のある医師や専門家などが「こういうケースの場合はこうしましょう」「このケースの場合はああしましょう」という中で動いていて、すごく遠回りをしながら対応しているわけです。
- 三野原
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そのような熟練した専門家というのは、どうしても数が少なくなりますよね?
- 竹田
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その通りです。
4 増え続ける放課後等デイサービス
- 三野原
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竹田先生、ご意見ありがとうございました。
さて、ここで、これまでの竹田先生と足立先生のご意見も踏まえて、放デイの現状について少し触れてみたいと思います。こちらのパワーポイント資料をご覧くだい。【資料21/放課後等デイサービス 施設・利用者数の推移】
このグラフは、平成24年の放課後等デイサービスの開始時から令和5年までの施設数と利用者数の増加を表したものですが…。
平成24年、制度発足時が約2800施設だったものが、令和5年には約2万施設に増加しているわけですけれども、これ、やはり利用者の伸び数で見れば約6.4倍、施設数の伸びで見れば約7.3倍に増えております。
資料21/放課後等デイサービス 施設・利用者数の推移 さて、この数値を踏まえて、次の資料をご覧いただきたいのですが…。
【資料22/保育士の登録者数と従事者数の推移】
放デイはご承知のとおり、さまざまな専門職の方々がスタッフとして勤務されていますが、保育士の方々も多数お勤めになっています。そして、これは平成24年から令和4年までの保育士の登録者数と従事者数の推移をグラフ化したものです。
で、このデータを見て私、最初びっくりしたのですけども、実は、保育士免許を持っている人の中で、実際に働いている人は、その4割しかいらっしゃらない。
そして、この10年間の保育士の伸び率を見ると、登録者ベースで約1.6倍。
そうすると、先ほどの放デイの施設数の伸びが約7.3倍。
これ、当然、スタッフ、どう見ても足りませんよね?
このように、放デイに来るスタッフは、今後少ないうえに、足立先生がされているような、発達チェックも行われているところは少ない、となると、施設によって、その質が、どうしても一律でないな、という状況になってしまうような気がいたします。 - 竹田
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たしかに。明らかに、質の問題が今後は出てきますよね。
資料22/保育士の登録者数と従事者数の推移
5 クロージング ~新しい発達支援の夜明け~
- 三野原
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さて、今日は竹田先生、足立先生からたくさん貴重なお話をうかがったのですけども、やはり私が感じましたのが、先ほどのグラフで申し上げましたように、施設が激増する一方で専門スタッフは本当にこれから確保することが難しくなってくる。そのような中で、足立先生の行われている、イギリス式発達チェックを保護者自身が学んでいく、という姿勢は、このような時代には大きな福音のように思えてならないのです。もちろん専門家による療育というものが大切なのは当たり前ですけども、この発達チェックというものをもっと人びとの手に引き渡していく。そこに何か突破口があるような気がするのですよ。
- 竹田
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うん。足立先生はこれまでの実績があるのでね。それをぜひ活かしていくべきでしょうね。
- 三野原
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ありがとうございます。
そろそろ、予定された時間も来たようですので、締めくくりの方に移りたいと思います。
今日のテーマは、「これからの発達支援と放デイの未来を考える」ということで対談を進めてまいりましたが、まずは竹田先生。
これからの発達支援には何が大切になってくると思われますか? - 竹田
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やはりひとつは、発達障害のAさんという子がいたら、その背後には保護者がおられるわけですよね。 いろいろデータがありますけど、一般の保護者の方々のうつ病になるレートが1割弱としますと、自閉スペクトラム症の子どもを持つ親がうつ病になる率が40%、とすごく増えている。ということは、やはり、孤立しやすいお母さんをどう支えるかというところがまだちゃんと出来ていない。また、家族ぐるみの問題なので、その子だけではなくて、学校に通っている以外は、彼らは家にいるわけですよ。そこでそれこそ、ものすごく厳しく否定語と命令語ばかりで子育てをしてたら、たとえば「◯◯しちゃダメ、そうじゃないでしょ? こうしなさい」ってね。そうすると、どんどん萎縮するだけになりますよね。子どもを認める言葉かけがないと、子ども自身が楽しい状況で過ごせない。やはり、楽しさが学習につながるので、意欲的に学ぶというのは、本人がどこかで喜びを感じている部分があるから伸びるわけですよ。それがないと伸びないですよね。で、そこを邪魔する形の保護者になったらいけないわけだから、保護者が子どもに対しても支援者として楽しい関わりが出来るようにどう保護者を支えてしていくかということも、放デイは考えていかなきゃいけない。
- 三野原
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保護者サポートの視点ですね?
- 竹田
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そうです。それが非常に大切になってきますね。
- 三野原
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ありがとうございます。
では、足立先生。足立先生は日本の発達支援がまだ十分でなかった2008年からフリースクールを立ち上げられ、今日まで、悩み、苦しみながら運営を続けて来られたと思います。
これからどのような形で支援に関わっていきたいですか? また、これから日本の発達支援にどのようなものを求めたいと思われますか? - 足立
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私は今まではフリースクールにおける直接指導をメインに行ってきたわけで、どっちかと言えば、活動が自分の預かっている生徒だけをそれぞれの目的に向かって導くことが役割だったのですね。ところが、フリースクール自体の活動は今、お休みをしておりまして、現在は情報を発信すること、研修することが仕事になって来ています。そして、その中のひとつに、イギリス式発達チェックをたとえば先生であったり保護者であったり、そうでない方々にも広く知ってもらって、早めに子どもたちの発達の特性を知ることで適切な環境や学校に導くという活動に力を入れていきたいと思っています。もちろん放デイからも求められれば。
- 三野原
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ありがとうございます。大変僭越ですが、私が開設する予定の「放課後等デイサービス ミッド・スター」でも、すべてのスタッフに足立先生のイギリス式発達チェックを学んでもらい、それぞれの児童・生徒の特性にあった個別プログラムを立案し、効果的な療育につなげていきたいと考えております。
さて、今日は、竹田先生から専門的な見地から、また、足立先生からは現場のお立場から貴重なお話を伺うことが出来ましたが、総括しますと、やはり、今後は、放デイで、しっかりとしたエビデンス*に基づいた子どもの課題の評価が必要なことは間違いないと思います。また、それだけでなく、その評価をするに当たっては、彼らのネガティブな「出来ない部分」を見るのではなくて、ポジティブに、「出来ることは何か」に焦点を当てた療育が大切になってくるのではないでしょうか。
あと、もうひとつはですね。私が施設を運営するに当たっては、子どもたちにはぜひ、愛される人間になってもらいたい。もちろん勉強も大事。運動も大事。ですけど、社会に出て最も求められるのは、周囲から愛される人になることだと強く感じます。
発達に特性がある子どもたちにとって、時としてそれを学ぶのは難しい側面があるかもしれません。
しかし、私はそのような芽を伸ばしていける施設に是非ともしていきたいと考えています。*エビデンス evidence 客観的根拠、とくに研究で裏付けられた根拠のこと。竹田先生、足立先生、今日はたいへん貴重なお話をいただき、また、長時間にわたり、対談にお付き合いいただき誠にありがとうございました。
今日の対談はこれにて終了とさせていただきます。
本当にありがとうございました。
プロフィール
- 竹田 契一 たけだ けいいち
- 1937年兵庫県神戸市生まれ。1961年米国アズベリー大学卒業。1962年米国ピッツバーグ大学大学院言語病理学科修了。帰国後、言語発達・学習障害研究の草創期から研究と臨床に携わる。1975年、慶應義塾大学医学部大学院医学研究科を修了し医学博士号を取得。同年、大阪教育大学聴覚言語障害児教育教員養成課程助教授に就任。1983年より同大学障害児教育講座教授として、特別支援教育の発展に大きく寄与した。2002年に定年退官し、大阪教育大学名誉教授となる。現在は、大阪医科薬科大学LDセンター顧問などを務め、日本における発達障害・LD(学習障害)支援の第一人者として広く知られる。一般財団法人特別支援教育資格認定協会理事長、日本LD学会副理事長を歴任したほか、NHK・Eテレ番組制作協力、あさイチ、フクチッチなど発達障害関連のテレビ番組にも多数出演し、啓発にも力を注いでいる。また、氏は言語発達、学習障害、特別支援教育の各領域で、多数の著作・監修書・訳書を刊行。研究と教育実践の両面から日本の発達障害・LD支援の礎を築いてきた。代表的著作の一部として『図説 LD児の言語・コミュニケーション障害の理解と指導』『高機能広汎性発達障害の教育的支援』『LD・ADHDの教育的アセスメント』などがある。
- 足立 陽子 あだち ようこ
- 2008年、日本において発達障がい児についての専門性を持つ受け入れ先が少ないことに疑問を抱き、自らフリー・スクール「チーム・ギフテッド」を設立。開設に当たり、英国、ハワイ、ニュージーランドなど、各国の先進的な特別支援教育を視察し、現場の教育手法に反映。その間、国内外の学識者との研修会、全国各地のフリースクールの立ち上げなどにも参画した。現在は、英国にて心理学を学んだ長男の瑛児氏とともに、ASD、ADHD,LDなどの子どもたちの特性に応じた学習支援を展開すると同時に、ギフテッドと言われる子どもたちの海外研修・留学、アカデミックキャンプなどによる学習力・生活力の向上に力を注いでいる。
- 三野原 信二 みのはら しんじ
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1964年福岡県福岡市生まれ。福岡大学商学部商学科卒。厚生省病院管理研究所研究科終了。昭和63年に家業である精神科病院に入社。主な公職として、一般財団法人福岡県社会保険協会会長、社団法人福岡青年会議所事務局長、同財政顧問、同法制顧問を歴任。2004年には世界百ヶ国以上の青年経済人を集めた過去最大規模の国際青年会議所世界会議福岡大会事務総長を務めた。現職は、医療法人泯江堂副理事長、西日本メディカルサービス株式会社代表取締役。
コロナ禍に入り大学時代からの夢であった作家活動をペンネーム「三野原明音」名義で開始。処女作『残の海人』は、web小説界にて歴史とミステリーが交錯する叙事詩的作品として人気を集める。続くSF作品「ブースター」では、高校生の葛藤と成長を描き、多様な読者層から支持を得ている。 “物語には人を変える力がある”をモットーに朗読や物語療法的アプローチによる発達支援の新しいあり方に挑戦している。
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